今回はパワーアンプの出力段に使用するパワートランジスタについて解説してみたいと思います。
以前のコラムでパワーアンプの出力段のトランジスタを並列接続しても意味がない、それどころか特性が悪くなると述べました。しかしながら実際にパラ接続にしたら音質が向上したという経験をお持ちの方も多いかもしれません。また、実際そうだったからこそ、パワートランジスタの並列接続を歌い文句にするようになったのだと思います。
ただしこれにはわけがあります。実際昔(20-30年前)のパワートランジスタは特性が必ずしも十分ではなく、貧弱でした。確かに並列接続する必要がありましたし、そのほうが好結果が得られました。ところが最近のオーディオ用に作られたパワートランジスタはAB級100Wくらいなら一つでも十分な特性が得られるものがあります。一言で言うとパワートランジスタ一つで、昔のパワートランジスタ3つ分以上に優れているのです。
表1パワートランジスタの定格比較
最大定格 | 古典的パワートランジスタ 2SA627 |
最近のパワートランジスタの例 | 備考 |
最大電圧 Vce | 80V | 230V | コレクターエミッタ間電圧 |
最大電流 Ic | 5A | 15A | コレクタ電流 |
コレクタ損失 Vce x Ic | 60W | 150W | 無限大放熱器での値 |
電流増幅率 | 60 | 100 |
表1は30年ほど前の定番のパワートランジスタ2SA627(2SD188とコンプリメンタリー)の特性を最近のパワートランジスタと比較したものです。コレクタ損失(パワートランスタで消費できる最大パワー=コレクターベース間電圧xコレクタ電流)がは60Wから150Wと2.5倍にに大きくなっていることがわかります。また流せる電流値も3倍の15Aになっています。100W8Ωでおよそ最大5Aの電流が流れることになりますが、現在のパワートランジスタでは一個で十分です。電流増幅率に関しては約2倍になっていることに加え、そのコレクタ電流依存性(リニアリティー)も大きく改善されています。
図1.古典的パワートランジスタの電流増幅率
図1のHfe(上に凸の曲線、右目盛り)特性図は、古典的パワーTr2SA627の電流増幅率をコレクター電流の変化に対して示したものです。1Aを過ぎたあたりから増幅率は低下し始め5Aで30と約1/3に低下します。増幅率30という数値はアンプ設計上小さすぎ、増幅段に大電流が流れ始め歪み率が大幅に悪化するため、トランジスタを並列接続する必然性があったといえます。
一方図2は最近のパワートランジスタの電流増幅率特性です。5Aくらいまでは増幅率の低下は20%くらいにおさえられ、かつその値も100近くあるので(実際の使用状態では結構熱くなる)、パワーTr1個で昔のパワーTr3個分以上の働きをしているのです。
図2. 最近のパワートランジスタの電流増幅率特性
パワートランジスタのパッケージ形状は2×3cm程度ありますが、実際の半導体の面積はせいぜい数mm単位の大きさなので、そもそも大電流に対応したければ半導体の面積を大きくすればよく、実際にそうなってきているのだと思います。後者のトランジスタはHfeのリニアリティー、帰還容量、放熱特性等他の特性も改善されており、もちろん半導体の構造自体にも工夫がされていると思います。
パワートランジスタを並列接続する技術的メリットがあるとすれば、放熱器が大きい場合に熱源が分散されるので方熱効率が良いということくらいです。 それよりも、並列接続によって帰還容量が増え高域特性が悪化すること、配線長が長くなる悪影響がの方が大きいのが実情です。
この様にパワートランジスタの性能は昔に比べると大幅に向上しており、少なくとも「xxパラプッシュプル」という歌い文句をあまり真に受けない方がいいと思います。
(2008/03/21)