パワーアンプの出力素子 -FETとトランジスタの比較(その3)-

パワーアンプの出力段に使用される素子の基本特性をまとめると以下のようになります。

項目 オーディオ用
トランジスタ
2SC5200
オーディオ用
MOS-FET
2SK1529
一般用
UHC-MOS
2SK2967
備考
最大電流 15A 10A 30A 最大電流の点では1個で十分
内部抵抗(=1/gm)@0.1A 0.25Ω 1.4Ω トランジスタの内部抵抗が一番小さい
内部抵抗(=1/gm)@1A 0.03Ω 0.4Ω 0.17Ω  
熱暴走 有り 無し 無し 熱暴走があるということはある程度のエミッタ抵抗が必要になることを意味します
エミッタ(ソース)抵抗Re 0.2-0.5Ω 0-0.5Ω 0-0.5Ω FETではこの抵抗は省くことも可能ですが、製品には付いていることが多い
高調波歪 gmが大きいほうが歪率は小さくなります(トランジスタのほうが有利)
クロスオーバー歪 FETの方がクロスオーバー歪は小さくなります
Cob,Cin Cob:200pF Cin:700pF Cin:8000pF UHC-FETはもうコンデンサをドライブするようなものです高域歪が悪化します
コメント 熱暴走がありますが特性は一番 特徴を生かせば高性能 実は使いにくい素子です
Pchコンプリもありません
 

繰り返しになりますが、UHC-MOSと比較してもトランジスタの方が動作抵抗は小さいのです。ただFETの場合はソース抵抗を小さくできますのでトータルで出力インピーダンスを下げられる可能性はあるのですが、市販品では安全上そこそこのソース抵抗をつけていますので必ずしも特徴を活かしていないともいえます。最近MOS-FETを並列接続している製品を見かけますが、MOS-FETはもともと数十Aの電流が流せるので、並列接続の必要がありません。

FETの短所の一つは容量が大きいことです。オーディオ用のFETはまだこの点が改善されていますが、一般向けのUHC0-MOSになると8000pFもありドライブするのも大変です。高域の周波数特性、歪率特性が特に悪くなります。並列接続するとさらにこの短所が強調されるだけでメリットはほとんどありません。
パワーアンプの出力段についてはクロスオーバー歪についても考えなければいけません。パワーアンプの場合、実用的出力を得ようとすると、どうしてもAB級動作になります。+と-信号に振れた際NPN/PNPでスイッチング動 作になりますので、その歪成分はNFBで低減しないと使い物になりません。トランジスタは入力電圧に対して指数関数的に出力電流が変化するのに対して、 FETでは1/2乗に比例した電流が流れるという性質があり、クロスオーバー歪は FETの方が原理的に小さいという性質があります。ただし、FETはgmが小さいのでもともとの歪の絶対値が大きいという短所もあり、結局FETとトラジスタでど ちらが低歪かというのは、素子単体で単純に決まりません。ただ、高調波歪率の比較だけで言えばトランジスタの方が絶対値は小さくなる傾向がある様に思います。

パワーアンプの出力段について説明してきましたが、出力素子だけを考えてもこれだけの要素があり、「出力段がxxだから音が○○だ」というのはあまりにも単純過ぎますし、雑誌などの見出しに書かれている様なMOSだからxxだ見たいな文言も私から見ると「そうかなー」と首をかしげることが多いのです。

もちろんここでの議論はトランジスタとFETでどちらが音がいいとかいっているわけではなく、それぞれの素子の特徴を活かした回路設計をすることが重要ではないでしょうか?といいたいのです。弊社のパワーアンプDCPW-100ではオーディオ用トランジスタを1段で使用して、そのパワー特性を目いっぱい使い切る設計になっています。

ついでにもう一言いうと最近の老舗メーカーの回路構成をみると、原理に逆行した首を傾げたくなる設計のものが多くなってきています。不利を承知でそのほうが売れるのでやっているといえば、メーカーとしては間違っているわけではないと思いますが、そうではなく単に設計者の技量が落ちてきているだけの様にも見えるのです。メーカーだけでなく、それを伝える雑誌や評論家、さらに買い手の方ももう少し理解を深めないと、どんどん変な定説だけが一人歩きしていくようになってきていると心配しています。 (2008/06/25)