パワーアンプの出力素子 -FETとトランジスタの比較(その2)

パワーアンプの出力段について、半導体の内部抵抗という観点から説明してきましたが、実際に使用される回路においてはもう少し考察が必要です。次の図はパワーアンプの最終出力段の回路を書いたものです。トランジスタのところはFETに置き換えても同じです。

実際の回路においてはトランジスタのエミッタ(FETのソース)の部分に抵抗を挿入します。これは大電流が流れたときに電圧を発生させ、結果的にトランジ スタの入力電圧Vbeを減少させるもので、電流帰還の一種です。トランジスタの場合流れる電流が大きくなると発熱しさらに電流が流れるということを繰り返 し熱暴走して破損する恐れがあるので必須です。通常0.47Ω位の抵抗が用いられます。トランジスタの動作抵抗(1/Gm)は電流値にもよりますが、 50mΩから数百mΩですから実はこのエミッタ抵抗の方が大きいのです。もちろんNFBによって数百から数千分の1に減少しますから問題にはならないのですが、半導体素子よりもむしろ、直列に挿入する抵抗の方がどちらかというと邪魔になるということです。

出力段が熱暴走を起こさない必要十分条件は

Re+(1/Gm)>θjc・Vcc/500

で与えられます。(*1)

ここでθjcはトランジスタの内部熱抵抗です。要するにReと1/Gmの和(出力段の内部抵抗)は上式の右辺以下には下げられないのです。出力段を並列接続にするとRe+(1/Gm)の値も減りますが、トランジスタのばらつきによる電流集中を抑制する必要があるのと、熱結合が弱くなる影響を考慮してReを大きくしなければならないので、効果はさほど大きくはありません。むしろ出力段の帰還容量が増えて高域の歪が大きくなる弊害の方が怖いのです。

FETの場合はどうかというと、温度係数が負の場合が多いので、Reを小さくまたは省略できます。アマチュアの製作するアンプにはReを省略したものがありますが、メーカーの製品では小さ目のReを入れてる場合が多いようです。内部抵抗という観点から見ると、UHC-MOSを使用し、Reを省略した場合でも、注意深く設計されたトランジスタアンプとせいぜいどっこいどっこいといったところです。

FETを使用する聴感状のメリットもあると思いますし、他にもクロスオーバー歪など考慮すべき項目はあるのですが、「FETはダンピングが良い音がする」などとは単純に定説化しない方が(むやみに信じないほうが)いいと思います。

*1 基礎トランジスタアンプ設計法 黒田徹著 ラジオ技術社 (2008/06/19)