パワーアンプの基板設計の重要性

 弊社のパワーアンプの性能が良い事はスペックを見て頂ければわかると思いますが、なぜ良くなったかを一言で説明するのは難しい点もあります。アンプ回路は性能が出やすい回路構成とはいえ、従来からあるもので新規回路というほどのものではありません(もちろん、工夫している点は多々ありますが)。良くなった原因として挙げられるのは、従来は局所帰還で逃げていたものを、出力段からのトータルのNFBを高域まで安定にかけられる様にプリント基板を最適化した事です。しかしこれはいくら口で言ってもみなさんピンと来ないようで、説明した人に「うんうん」とうなずいてもらえた記憶がありません。そこで、先日の引越しの際に古いパワーアンプの基板が出てきたので(貧乏性なので過去の基板が捨てられない)、少しまとめてみました。以下の写真はパワーアンプ用のプリント基板で試作当初から現在の製品に至るまでの変遷を表しています。

 Ver.1

 Ver.2



 Ver.4

 Ver.5
 

 思いつくままにポイントを列挙すると、
 

  1. 各プリント基板は動作させたあと位相補正の最適化、必要に応じてCRの定数変更、(バラック配線による)配線・回路変更等を各基板ごとに行っています。ですので各基板毎の限界特性を見ているといってもいいかと思います。
  2. 各最適化、調整時の完成度の指標としては、過度応答、歪率特性等を使用しています(この過程では試聴などはまったくあてになりません)。
  3. 出力段からのNFBをかける際には基板毎の限界があるのですが、その障害の原因を探り改善するという正攻法で改善しています。
  4. すべての基板を保存しているわけではないのでところどころ抜けています。
  5. 以上の写真を見てもそれだけでは何をどう変えてよくなったのかとういう詳細はわかりません。基板の設計思想はノウハウなので解説できませんが、証拠としてご覧いただいています。
 

歪率の減少

 残念ながらあまり詳細に記述できないのですが、現プリント基板のバージョンは5世代目位です。さらにこの他にも当初はプリアンプ基板に電力出力段を増設したものを試したり、他のアンプ回路も試しているので、これらがすべてという訳ではありません。これらの基板最適化だけでトータル1年以上費やし、もっとも労力を割くことになりました。その結果、MHz帯の高周波領域まで安定にNFBをかけられる様になったので、高域の歪率が減少しました。その推移を表したのが下図です。


アンプの10KHzの全高調波歪率特性(8Ω負荷)

 

現製品では10KHzの歪率特性が0.01%から0.001%レベルにまで低下しているのがわかります。この10KHzの歪率特性は良く出来たアンプよりも一桁低い値です。これだけ下げても1KHz以下の歪率と比較するとやや大きい値になっています。これ以上はA級動作にするか、より進んだ回路構成にする必要があると思います。ただ、このレベルになるともう十分で実際高域の歪が聞こえるというレベルではないと思います。

この10Khzの歪は最終段の電力増幅用のトランジスタによるスイッチング歪であることがわかっています(無負荷では0.0005%であるのに対し、8Ω負荷にすると一桁上昇しているので)。一方、1Khz以下では8Ω負荷でも低歪なのに10Khzで歪率が上昇するのは、高域では(NFBを安定にかけられないために)NFB量が減少しているからです。市販アンプの中には(というかほとんどが)A級アンプなのに歪率がこれよりも一桁以上多いものがあります。そういったアンプは本当にアンプの検討をしているのだろか?と首をかしげてしまいます。

これだけ低歪にすると歪なく音楽を楽しめるのかというと、実はそうは問屋が卸しません。低歪のアンプで音楽を聴くと、低歪に聞こえるのではなく、むしろ他の箇所の歪がよりはっきり聞こえるようになるのです。ほとんどの場合はソースの歪で、歪感の少ないCDは非常に良いのですが、CDによっては小さな歪まで聴き分けられてしまいます。例えて言うならば、ものすごい高解像のめがねをかけて非常によく見えるようになったとしても、異性がきれいに見えるわけではなく、しわや毛穴の汚れが見えるようになってかえって気になってしまうといったらニュアンスが伝わるでしょうか。もちろん、良い録音のソースを聴いたときのリアル感は絶品ですから、後戻りできるものではありません。

(2009/04/27)